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木材塗装ライブラリー

「ピアノ塗装」と呼ぶべからず

「ピアノ塗装」と呼ぶべからず

鏡面仕上げ「鏡面仕上げ」は今(も昔も)「高級」の代名詞である。しばしば「ピアノ塗装」とも呼ばれている。いや、ピアノ塗装という方が広く知られているかもしれない。

この鏡面仕上げ、いまの流行のようである。システムキッチンでも収納家具でも、高級シリーズ(つまり高額品)の多くは、必ずこの鏡面仕上げの昨日を揃えている。そればかりではない。店舗や公共施設の特注家具やテーブルそして内装に至るまで、鏡面仕上げは浸透しはじめた。この塗装による表面仕上法は、誤解を恐れずに言えば、「高級化」の切り札の一つとして確固たる需要があるようです。 けれども例によって、デザイナーや設計者など、この仕上法を塗装のプロに指示すべき人々の知識はあいまいで、現場を混乱させ迷わせているという。たとえばピアノ塗装などという用語がその代表例で、すでに発注の第一段階で、一種の混乱が生れてしまう のである。

この塗装仕上法は正しくは「鏡面仕上」あるいは「鏡面光沢仕上」と呼ぶべきで、「ピアノ塗装」と言わない方がいいのだという。繰り返して恐縮だが、塗装に関する「用語」は、正しく使ってほしいのである。
なぜ鏡面仕上げは上等高級の代名詞なのか、まずこの点から調べてみたくて、山岸寿治さんに話をうかがった。山岸さんは日本カバーリング社というモデル塗装の会社を経営するかたわら、東京芸術大学等で漆塗り(や塗装全般)を教えている専門家の中の専門家だからである。以下はその話をまとめたものである。

鏡面仕上げと漆の呂色ろいろ仕上の関係

「なぜ鏡面仕上げは高級と思われるか」、その答えは我が国の大半の人が「呂色仕上」の素晴らしさを知っているからだ、と山岸さんは言う。呂色仕上は、素地きじに漆を塗って炭で磨き、更に油砥粉あぶらとのこ(今はコンパウンドが多い)で磨いた「仕上法」をいう。その表面は文字通り鏡のように平滑で、顔が映るほどである。重箱でも手文庫でも、あるいは机の甲板でも、上等な漆器はこの呂色仕上である。我が国の人々は、たとい「呂色仕上」という専門用語を知らなくても、この仕上法で作られた「もの」を見て、触って、知っている。この共通の知識とその価値観が、「鏡面仕上」の需要を引き出しているに違いない、という。

この漆塗の呂色仕上には、表面が真黒な「黒呂色」と、素地の表情(木目など)が透けて見える「木地呂色仕上」の2種がある。いずれにしても平面は驚くほど平滑に磨き上げられている。もちろん、何10工程という作業を必要とするから、手間と時間がかかり、従って高価である。 ちなみに、漆塗でも表面を研磨しない仕上法ももちろんある。これを「塗りたて」あるいは「花塗り」と呼んでいる。塗りっぱなしのことである。

一方ヨーロッパの伝統的な塗装仕上は、あまり表面を磨かない。日本の漆用語を使えば「塗り立て」が圧倒的に多かったという。たとえばピアノでも、古くはワニスで仕上げておしまいだった。そこに中国や日本から漆器が入ってきて、その美しい表面仕上に驚いたのである。西洋美術史で必ず出てくる「シノワズリー」や「ジャポネズリー」は、まず漆器を評価することから始まったといっても、間違いではない。彼ら西洋人は、この美しい表情を「塗料を開発する」ことで再現しようとした。それが今日の様々な「新しい塗料」を発明した原動力になっているのだという。そして、現代の「ポリエステル樹脂塗料」による「鏡面仕上」法が誕生したのだ。

わが国の洋式塗装の小史

話はなかなか本論に進まないが、脱線ついでに、我が国の洋式塗装の導入の歴史をかいつまんで述べておきたい。 我が国を代表する塗料は、漆である。いや、漆しかなかったと言った方が正解かもしれない。だからなんでも漆を塗った。その代り、漆を「塗る技術」は極限まで完成されていたから、西洋から油性塗料が入って来ても、技術者は少しも驚かなかった。 その上、この西洋の油性塗料を簡単に受け入れて、上手に活用してしまった職種があった。それが、提灯屋(ちょうちんや)と紅柄屋(べんがらや)だった。提灯には油を使うから、彼らは油性塗料を楽々と使いこなした。紅柄屋は柿渋に紅柄(赤色)や松煙(黒色)をまぜて「塗っていた」から、彼らも何なく油性塗料を受け入れた。これらの技術を持っていた人々が、洋式の建築塗装の世界を引き受けたから、明治も早い時期に「ペンキ塗り」が出来たのだった。だから現在の建設塗装の専門家ルーツをたどると、多くここに到着するという。

家具調度などの上等なものは、明治以降もながく漆が塗られた。そればかりではない。ピアノも自動車も汽車の車両も、上等なものは漆塗りの職人が塗っていた。ピアノなどは戦後も随分たつまで、漆塗りだった。 けれども洋家具を中心に、新しい塗装仕上が導入された。それがニスやラッカーを使う方法で、戦前の家具塗装などはこれが主流だった。この塗料の特色は乾燥が早いことで、これは長所であると同時に短所でもあった。乾燥が早すぎて、刷毛塗りでは表面がどうしても平滑にはならない。つまり塗膜の高い部分と低い部分が出来てしまうのである。これを補い、表面を平滑にし、光沢を出すための方法として、「タンポ摺り」という作業があった。

これら初期の洋式塗料は「可溶性」といって、塗って乾いた塗膜でもシンナーやアルコール等の溶剤に触れると、柔らかくなるのである。だから、テーブルの甲板に酒をこぼすと、そこが白く変色する欠点があった。この欠点を逆利用したのが「タンポ摺り」である。布に、塗ったものと同じタネ(塗料)とシンナー等を含ませ、このうすめたタネで塗膜の表面を軽くこすってやるのである。こうすると塗膜表面が溶けて高い部分と低い部分が均一化して、平滑になる。つまり光沢が出るのである。
ただし、ラッカーなどの乾きが早い塗料は、「肉持ちが悪い。」つまり厚く塗れないのである。1回に塗れる塗膜の厚みは、ごく肉持ちがいいものでも約40ミクロンである。だから、素地の導管等をおおい尽くすには何回も何回も、塗り重ねなくてはならなかった。 もうお分かりだろう。塗膜の表面を平滑に仕上げることは、大変な手間をかけなければならなかったのだ。それほど、ぬったものの表面に「光沢」を出すのは大事だったのである。そこで登場したのが「サンディングシーラー」だった。

工作社「室内」設計者のための塗装 岡田紘史著より